鉄鎖連環グローバル

ヒト・モノ・カネの自由移動、それがグローバルである。

国境を越え、誰もが自由にそれを行き来させることが出来る世界。

全てが一つに繋がり、誰もが富を獲得することが可能な、資本主義グローバリズム社会。

これが人類が生みだした、現代における最上のシステム。

だが、この構造はこの先の人類に幸福をもたらすのだろうか。

幾多の特性を持つ土地や民族をパワーとマネーによって集約し、統一する。

そんなことを考えていると、ふと、在る物語のエピソードが思い浮かんだ。

三国志、赤壁の戦い。

「鉄鎖連環の計」、これがグローバル世界の末路ではないだろうか…

 

鉄鎖連環

僕たちは、歴史を学校で学んだとしても、大人になってそれを生かせているだろうか。

テストや受験、体裁の為にそれを半ば押し付けられたかのように教えられる。

三国志も中国の歴史の流れのほんの一部分に過ぎない。

起こった出来事をただ伝えられても、人は何も感じない。

それが、漫画やゲーム、映画などになると、そこに対しての興味がグッと湧いてくる。

三国志は、魏の曹操・呉の孫権・蜀の劉備が、それぞれの理想とする国を創るための物語である。

その中でも有名なのが、赤壁の戦い。

これは呉の土地に魏の曹操軍が攻め込み、それを呉軍と後の蜀になる劉備軍の連合で迎え撃つ戦になる。

本来は敵になるであろう劉備軍と組まなければ、大群で押し寄せる曹操軍を排除することはできない。

呉の軍師・周瑜は、共に戦う劉備軍の軍師・諸葛亮孔明を警戒する。

天下の大天才と呼ばれた孔明の計略、それは「火」を使うことだった。

ただ、この火計を成功させるには、幾つもの条件が整わなければ達成されない。

そこで周瑜は、もう一人の天才と謳われた龐統を呼び寄せる。

その龐統が魏の曹操に赴き、魏軍に有利になるようアドバイスを送る。

魏軍は兵士の数は多かったが、水上戦には不慣れで、船の揺れにより体調を崩すものが相次いでいた。

そこで龐統が全ての船を鎖でつなげば揺れは軽減されると進言する。

天下の龐統がこう言うが、船が全て繋がれば、どこかの船が燃えるとどんどん燃え広がってしまうリスクがあると考える曹操軍だった。

しかし、基本的にこの時期は北西に風が吹いているので、火は広がらないと結論付け、龐統の策を採用する。

互いの策略が拮抗する中、戦は開戦され、呉軍が仕掛けた火計が孔明の東南の風を吹かせるという策と龐統が仕掛けた連環の計により、火は魏軍の船に燃え広がり、曹操は大敗を喫した。

三国志演義における、赤壁の戦いにおいて用いられた”鉄鎖連環の計”。

一隻ずつなら不安定なので、全て鎖で繋いで大きな塊にする。

一見良さそうなシステムではあるが、そこには弱点もある。

赤壁の戦いでは、ある一定の条件がタイミングよく揃わない限り、この策は曹操軍に有利である。

策というのは100%完璧なものはない。

結果は表裏一体でどちらが出るかは分からない。

だが、表ばかりが出るような確率になるように操作することは可能である。

新たな策というのは、必ず自分たち(仕掛ける側)にとって得になるように設定されている。

その最たるものはギャンブル。

競馬、カジノ、パチンコ、宝くじ…

あたかもそれを利用する側が得をするかの用に、とても巧みに仕組まれている。

本当に相手の事を思うなら、損をするようなことは決して勧めないはずである。

互いの存在を認識し、その人が喜ぶような情報や提言をする。

先ずは、同一の言語を話す人たちと繋がってゆく。

それが行われないまま異国の人たちと交流など、果たして上手くいくのだろうか。

自国の言語、歴史、文化、伝統が互いに共有出来てこそ、異国の人と対等に繋がってゆけるように感じる。

自分の生まれた国に誇りが持てない民は、きっと下等に見られ、侵略されるのがオチである。

世界には自分たち日本人が思うほど優和な民族だけではない。

侵略、暴動、強姦、虐殺、洗脳…

認めたくはないが、全ての民族をパワーによって支配したいという考えを持っている人たちがいる、ということは少なくとも肝に銘じておかなくてはならない。

悲しいことだが、それが現実である…

 

不自然

このグローバル化は、一体どこまで続くのだろうか。

世界を繋ぐ鎖の正体とは、一体何なのか。

それは、マネーである。

このマネーは金ではない。

在る時から、固体の金が徐々に融解し、金融という液体に変化した。

この液体は人工的に生み出されたものであるが故、自然法則が適応されない。

水などの液体は常に重力に従い、高い方から低い方に流れてゆく。

老子が説く”上善如水”である。

金融も液体であるなら高い方から低い方へ流れてゆく。

つまりは、お金のある人の所からお金のない人の所へと流れるのが、自然の摂理である。

だが、この特殊な液体はそれと真逆の方向へと流れゆく。

よりそれを持つ者の方へと吸い寄せられるかの如く、その数を増やしながら膨らみ続ける。

グローバルという名の路線に乗った資本主義という名の列車は、金融という液体を燃料にしながら益々その速度を上げてゆく。

この世界でただ幸せに生きたいと過ごす大勢の人たちから、無条件に税という名の切符を購入させ、その列車に乗りたければ自分たちでそのレールを敷きなさいと、無言の圧力をかけている。

ヒトはこの美しい地球に生れ、百年も満たない時を過ごす。

地球の歴史の中ではほんの一瞬のきらめきにもならないかもしれないが、自分がこの世に生み出された本当の意味を知りたいと思うのは、果たして傲慢だろうか。

この世界の構造を紐解いていけば行くほど、何とも言えない虚しさが込み上げる。

なぜこうもヒトは地球にとって害になる生命体になっているのか。

ヒトではない知的生命体が、どこかで僕たちを操作しているのだろうか。

そんな考えにまで飛躍してしまう…

 

金融という怪物は、現代において神の如くその存在を獲得した。

全ての人々の生活の中に溶け込み、それは知らず知らずのうちにココロとカラダを生かしながらも蝕んでゆく。

では、この悪神から解放されるためにはどうすればいいのか。

それは、自滅を待つ、もしくは、そうなるように仕掛ける、ということ。

この金融は、自然法則と真逆に働く。

だがこの地球という星で生きる以上、自然法則、いや、宇宙法則に抗うことは不可能である。

そう考えると、これは一時的な現象であり、流転する宇宙エネルギーによってそれは浄化されてゆくだろう。

膨れ上がったマネーは、いつかどこかでその限界を知り、その姿を変えるだろう。

固まった氷が解け、水になり、それはやがて蒸発する。

この変化は一体何によってもたらされるのか。

それは、太陽の熱、日でもあり、火である。

異常な成長を遂げた金融という怪物も、”ヒ”のエネルギーによってその姿が浄化するだろう。

この”ヒ”のエネルギーは、日でも火でもない。

真の浄化を行うためには「」のエネルギーが必要になる。

霊=魂

この魂という存在を意識することで、それを蒸発させることが出来るかもしれない。

大切な人の為、仲間の為、地域の為、国の為、世界の為、地球の為、自分が貢献できることを感じてみる。

僕たち一人一人は、暴走列車が走るレールを留めているボルトである。

強く締め付けられているので、緩めるのはとても大きな力が必要になる。

だがそれを諦めずにいれば、きっと緩んでくる。

しかし、自分のボルトを抜いてしまえばそれで解決、という訳ではない。

ワッシャをかまし、再びそこに締め直す。

ワッシャをかますことで「遊び」が出来、それがスムーズに外れやすくなる。

この「アソビ」がある事で、あの世とこの世を行き来しやすくなる。

繋がっているが、いざという時にはそれを外すことが出来る。

マネーという鎖は僕たちの世界を繋ぎ、多くの人たちを幸福にするかのように思えた。

時と共にその鎖は錆びつき、ボルトは固定され、外せなくなった。

それらと繋がった船は、その火が燃え広がるのを待つか、大船団と共に沈没してゆく運命である。

正統なる魂を持ったヒトが世界を築くには、残念ながら不純な魂が宿ったヒトには一度浄化してもらうしか道はない。

次の時代のグローバルは、互いを愛で繋ぎ、霊のエネルギーが燃え広がる。

そんな世界を、僕は、繋ぎたい…

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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