“素敵”はステキな組み合わせ

「ステキ」とは一体どんな状態なのだろうか…

ヒトは、どんな時に人を素敵と思うのか、ふと考えてみる。

素敵という漢字や響きにはどんな意味が含まれているのだろうか…

 

敵の正体

先ずは、「素敵」という漢字。

これを分解すると、「素」+「敵」になる。

ステキというのは、普通、相手やモノを褒めたり、賞賛するときに用いるだろう。

基本的には”プラス”のエネルギーである。

そう考えれば、この漢字の組み合わせは、ちょっと違和感がある。

先ずは「素」、これは「モト」と読むことから、根源や中心といった意味と捉えられる。

そして「敵」、これは「テキ」なので、自分と真逆の存在といったところだろうか。

問題は、この「敵」のほうである。

ステキという響きに、なぜ「敵」という自分を傷つけるような相手を意味する漢字を当てたのか。

それを考えていくうちに、少しづつ見えてきた。

ここでいう「敵」というのは、人間的、物質的な存在だけではない。

自分の中にいる、もう一人の自分を指すのではないだろうか。

ヒトは、何かを考え、感じ、行動する。

しかし、どこからともなく声がし、自分の考えや行動が本当に正しいのか、今それが必要なのかと語りかけてくる。

何かのエネルギーが発動するなら、それと同じだけその逆方向にもそのエネルギーが生まれてくる。

その逆方向のエネルギーを「敵」と呼んだのではないだろうか。

自分は、自分の気持ちに味方をしたい。

だが、自分を含め、周りの人全てが味方ばかりだったらどうだろうか。

それも一つの幸せな状態かもしれないが、残念ながら現在のこの世はそんな楽園ではない。

ヒトは生活するうえで、いろんな出来事や人間に出くわす。

自分ではそんなつもりではないのに誰かを傷つけてしまったり、恨みを買ってしまったりもする。

これが個人ではなく、組織や国単位になれば、抗争や戦争へと発展していってしまう。

物理的には「自分」という「個」は、「一つ」であり、「味方」である。

そうすると、自分以外は皆、敵であるというような極論も生まれてくる。

常に世界中の人間を敵に回す世界であれば、互いに恨み、殺し合い、もうとっくに人類は滅んでいるだろう。

ヒトは、現在のところ、全ての人と仲良く平和に暮らすという次元までは、残念ながら達していない。

自分と意見や考え方が合う人もいれば、違う意見や考え方をする人もいる。

そしてそんな自分と意見が合わない人がいれば、自分を守るため、相手を攻撃し始めるかもしれない。

それを繰り返しているうちは、自分も誰かの敵になってしまい、平安の世は永遠に訪れないだろう。

 

敵を創る

ではどうすればいいのか。

そこで導き出された状態が、これである。

「自分の中に敵対する自分を生みだす」

あらかじめ、自分の心の中で”イヤ”な自分を創り上げておく。

自分と真逆の存在を現実的な敵とするならば、それを心の中で生み出し、対自させる。

自分には持ちえない容姿、才能、地位、性格など、相対する存在を出現させる。

そしてそれを「排除」という攻撃的な行動ではなく、じわじわと「内包」してゆくのである。

その相手は、自分の人生の中で、最も弱くナイーブな部分を表面化してくる。

それを無理やり力で抑え込むのではなく、自分の中に抱きしめ、取り込んでゆくのである。

自らの弱い部分を観たくないからと遠ざけてしまえば、その場は一瞬楽になる。

だが、それはまたどこかのタイミングで必ず姿を現してくる。

その相手は、永遠に自分の影となり、付きまとうだろう。

そこから真に解放されるためには、意を決して敵対する自分と正面から向き合い、一体化するしかない。

表の自分「素(モト)」と裏の自分「敵(テキ)」の融合

そうやって相対するイヤな自分を受け入れ、取り込んでおくことによって、敵になる存在とも和合することが出来る。

素敵というのは、そんな瞬間が垣間見えた時、発動するのだろう。

それがこの漢字の組み合わせに含まれた本質のような気がする…

 

最後に、僕の中にいる敵について。

僕がいつも戦う敵は、「自己表現」

虚無、臆病、怠惰、妄想、執筆、発信…

今日は、この敵を比較的上手く取り込めたほうだろう…

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

今日も貴方は素敵です☆