
地球が誕生して以来、人類は栄えては滅びてを繰り返しているという。
伝説として、よく語り継がれているのは、アトランティス。
それと対を成すように存在した、レムリア。
そして、太平洋上にあったとされる、ムー大陸、ムー文明。
いろいろと調べてみると、ムーと日本にはやはり繋がりがある事に気づく。
それは、文字に隠されていた…
幾度目かの世界
日本の文字の歴史は、中国から入ってきた漢字と当時の言葉を融合させ、今の文字の起源としている。
だが、日本には古来から、ヲシテ文字や神代文字、龍体文字、カタカムナなどが存在していた。
これは、学術的には全て無かった文字とされ、あくまでも”中国漢字”を起源とするところに違和感を感じるのはワタクシだけでしょうか…
しかし、当時の日本人は、表面上は相手を受け入れたかのように見せかけて、きちんと自分たちの文化、文明を暗号化させ残しているように感じる。
日本の歴史で最も長く続いた時代は、縄文時代とされている。
この縄文という時代に生きた人々の真の暮らしを、現代では正確に測り知ることはできない。
自分的には、”縄文”という時代が、幼少の頃からずっと気にかかっていた。
そして数年前から縄文に関する本や動画を見ていると、スピリチュアルや、古代文明、宇宙人、人類の祖は日本人、のような展開に辿り着く。
日本には、キリストやブッダが来ていた事や、ノアやユダヤとも繋がりがあるとされる説もかなり有名である。
この地球は、何度もリセットされ、その度に造り直されている。
今の世界は、物質至上主義なので、見えない世界を認識するのは難しい。
だからといって、それが無い、もしくは、神は居ない、ということにはならない。
もし、今の人類がそう思うなら、とっくに、教会や神社仏閣などが消えていなければおかしい。
歴史は、強者の思いのままに造りかえられる。
日本の歴史は記紀神話が最も古いとされているが、これもよく調べれば真実かどうかが見えてくる。
この世界は、一体いつから始まっているのか。
どれだけ調べても、大体出てくるのは、アトランティスとレムリアという時代があったということ。
それ以前は、ほとんど情報が無い。
アトランティスは地上、レムリアは空中に存在していたとも云われる。
この二つの文明が滅んだことは間違いないだろう。
だが、全て消え去ってしまったということではなく、破滅を逃れた人々や当時の技術などが引き継がれている可能性もある。
ピラミッドやレムリアンシードなど。
この世界がもう直ぐ滅ぶと分かれば、ヒトはどんな行動をするだろうか。
それは、ここに自分たちが明らかに存在したという証拠を、何とかした残したいと思うはずだろう。
彼等は間違いなく、現代の人類より遥かに進化を遂げた存在だったと感じる。
では、何故滅んでしまったのか。
ここに意識を向けなければ、また同じ道を辿ってしまう。
この地球は、三次元・2極性である。
物事には常に裏と表が共存する仕組み。
本来は均衡がとれるはずが、どちらかに偏り過ぎるとそこに歪が生じる。
少しの歪みなら調整できるが、ある時点を超えると、手の施しようがなくなる。
過去の問題を現代で乗り越えるには、先ず、全ての感覚を受容しなければならない。
他者と自己、過去と未来、闇と光、死と生、真逆のエネルギーを統合させてこそ、今が存在してくる。
信じれるのは、自分の直感、もしくは霊性といってもいいだろう。
このバランスを取り戻さなければ、本当の意味で、人類の進化は起こらない。
自分なりの霊性を取り戻した時、それからが真の人生と呼べるかもしれない。
その為にも、日本人として生まれた理由を少しでも解明してみたい。
アトランティスとレムリア時代が終焉し、その次の時代に生きたのが、ムーであり、それが縄文、日本へと繋がってゆく…
隠れムー
文字とは一体なんだろうか。
この地球に生きる存在で、文字を使って意思疎通を図るのは、人類だけだろう。
植物や魚類、爬虫類や昆虫などは、文字を使わない。
文字とはどこか高度な進化だとされているが、果たして本当にそうだろうか。
わざわざ意識や考えを文字という物質に変換し、それを相手が読んで理解して初めてその考えや行動が認識される。
全ての生き物にはテレパシーで会話ができ、それが段々難しくなって音、言語が出来た。
そしてその言語の物質化こそが文字だろう。
本来、人には文字など必要なかった。
だが何かしらの理由により、文字化せざるを得ない状態になったと考えられる。
ムーや縄文の民たちが生きた時代に文字がないということは、そこに知性が無かったわけではなく、むしろ高い知能や霊性を備えていたからこその証拠になるのではないだろうか。
そして自分の名にも、”ムー”という、物質化した文字が含まれていたことに気付いた。
今は「しゅん」とひらがな表記にしているが本名は「俊」という漢字になる。
ここに「ム」が含まれていたのだった。
そこで「ム」が含まれている漢字を調べてみると1000以上もあった。
仏・云・払・芸・私・松・流・鬼・魅・能・統・雲・髪・魂…
この「ム」が入っている漢字を見ていると、何故か霊的なエネルギーを含む漢字ばかりのような気がしてきた。
ホトケ、ハラウ、マツ、リュウ、オニ、ノウ、スベル、カミ、タマシイ…
そして「魂」に関しては、二つの「ム」が存在している。
これは偶然なのか、それとも意図的に組み込んだのか。
自分に付けられてこの文字を、今はひらがなへと変換しているが、その意識が失われたわけではない。
そして今の活動名の名字にも、何か隠されていないかと探ってみた…
”一丞”の”丞”の真ん中には「水」が見えた。
そして、それ以外の”一、フ、一”を組み合わせてみると「ラー」が出来た。
ラーはエジプト文明の太陽神=火。
火=カ、水=ミ、火+水=カミとなる。
本名を組み換えて創った”一丞しゅん”という名は、ムーの意識が含まれており、かつ、カミも存在していることが分かった。
これも偶然なのか、神の仕組みなのか。
あまりにも霊性から遠ざかり、物質世界に生きている自分への導きとしてこれが用意されていたのかもしれない。
そして”魅力”という文字に惹かれるのも、やはりムーのエネルギーがあるからなのだろう…
また、自分の謎が、一つ払えたようだ…
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